ひとごろし
山本 周五郎
作品・作者紹介
作者:山本 周五郎
数々の名作を世に送り出した大衆文学の巨匠。人間の弱さや強さ、そしてその中に光る温かい人情を描き出し、時代を超えて多くの読者に愛され続けている。本作『ひとごろし』でも、その卓越した人間描写はいかんなく発揮されている。
作品:『ひとごろし』について
「臆病者」のレッテルを貼られた侍が、剣豪を討つという物語。しかし、その方法は剣を交えることではない。知恵と、そして「臆病」という自らの性質を武器に変えて、強大な敵に立ち向かう。従来の剣豪小説の常識を覆す、ユニークで痛快な傑作。人間の心理を巧みに突き、強さとは何かを問いかける、周五郎ならではの深いテーマ性を持った作品である。
あらすじ
双子六兵衛は、家中きっての「臆病者」として知られていた。その評判のせいで妹の縁談もまとまらず、ついに彼は汚名をすすぐため、藩主の命である「上意討」の討手を願い出る。
相手は剣と槍の名人、仁藤昂軒。まともに戦っては勝ち目がないことを誰よりも知っている六兵衛は、奇策に打って出る。それは、昂軒の行く先々で「ひとごろし!」と大声で叫び続けることだった。
この執拗な心理戦によって、昂軒は社会的に孤立し、食事や休息さえままならなくなり、心身ともに疲弊していく。剣豪の強さも、社会から隔絶された中では無力だった。六兵衛は、自らの臆病さを逆手に取り、剣ではなく言葉と状況を操って、最強の剣士を追い詰めてゆく。
旅の途中で出会った宿屋の娘・おようも彼の味方となり、前代未聞の「討伐劇」は、誰も予想しなかった結末へと向かう。
本文
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Q & A
主人公・双子六兵衛はどんな人物ですか?
家中きっての「臆病者」として知られていますが、実際には非常に思慮深く、ユニークな発想力を持つ人物です。自分の弱さを深く理解し、それを逆手に取って強大な敵に立ち向かう知恵と勇気を兼ね備えています。物語を通して、彼の人間的な魅力と意外な強さが明らかになっていきます。
この物語の面白さはどこにありますか?
剣豪対決という典型的な時代小説の構図を、全く異なる角度から描いている点です。勝敗を決するのは腕っ節の強さではなく、心理戦と知恵。臆病者が剣豪を追い詰めるという逆転の発想が非常に痛快で、読者の意表を突きます。人間の弱さが、いかにして強さに転化しうるかを描いた、他に類を見ない物語です。
なぜ六兵衛は仁藤昂軒を追い詰めることができたのですか?
六兵衛は、昂軒の行く先々で「ひとごろし!」と叫び続けることで、彼を社会的に抹殺しました。これにより昂軒は宿にも泊まれず、食事もままならなくなり、精神的に完全に孤立します。どんな剣豪でも、社会の中で生きていかなければならないという人間の根本的な弱点を突いた、見事な戦略でした。
この作品のテーマは何ですか?
「強さ」と「弱さ」の定義を根底から問い直すことが、この作品の大きなテーマです。腕力や技術だけが強さではなく、知恵や戦略、そして自分自身の本質を理解し活用することもまた、真の強さであると示唆しています。「弱い」とされる者が「強い」者を打ち負かす物語は、私たちに勇気と、物事を多角的に見る視点を与えてくれます。