【朗読】七之助捕物帳 「鳥追いお巻」 納言恭平著 Harugoro Shichimi

 

 

七之助捕物帳

鳥追いお巻

納言恭平 著

作品・作者紹介

著者:納言恭平(なごん きょうへい)

昭和期に活躍した時代小説作家。ユーモアと人情味あふれる捕物帖を得意とし、「七之助捕物帳」シリーズなどで人気を博しました。軽快な筆致と粋な江戸の風情を描き出す作風で、多くの読者に親しまれました。

七之助捕物帳シリーズについて

花川戸に住む御用聞の七之助を主人公とする捕物帖シリーズ。しっかり者の恋女房お雪や、そそっかしいが憎めない子分の音吉といった個性的な面々に支えられながら、江戸で起こる難事件を鮮やかに解決していきます。謎解きの面白さに加え、登場人物たちの軽妙なやり取りが魅力の人気シリーズです。

本作「鳥追お巻」について

本作は、1941年(昭和16年)に雑誌「ユーモアクラブ」で発表された作品です。旗本くずれのやくざ侍が殺人の罪で捕らえられた事件の裏に、複雑な男女の情痴と、噂の女太夫「鳥追お巻」の影がちらつきます。七之助が幾重にも仕掛けられた嘘と芝居を見抜き、事件の真相に迫っていく痛快な一編です。

主な登場人物

  • 七之助(しちのすけ): 花川戸に住む御用聞。本作の主人公。
  • お雪(おゆき): 七之助の恋女房。
  • お由(およし): 船宿「真珠屋」の女中。事件の相談を七之助に持ちかける。
  • 荒川 千五郎(あらかわ せんごろう): 旗本くずれの侍。殺人容疑で捕らえられる。
  • 浜中 茂平次(はまなか もへいじ): 八丁堀の同心。千五郎を捕らえた張本人。
  • 音吉(おときち): 七之助の子分。そそっかしいが、聞き込みが得意。
  • 鳥追 お巻(とりおい おまき): 噂の女太夫。博徒の親分の若後家で、事件の鍵を握る人物。
  • 笹屋 弁吉(ささや べんきち): 料理屋「笹屋」の主人。娘のお三重を溺愛している。
  • お三重(おみえ): 笹屋の娘。千五郎と駆け落ちした過去を持つ。

本作のあらすじ・動画掲載

あらすじ

ある朝、花川戸の御用聞・七之助のもとへ、船宿「真珠屋」の女中お由が血相を変えて駆け込んできた。馴染み客の荒川千五郎という侍が、人を殺し庭に埋めているところを八丁堀の同心に捕らえられたが、千五郎は昨夜から真珠屋に泊まっており、犯行は不可能だというのだ。

事件を調べ始めた七之助。捕らえた同心の浜中茂平次は、現場を押さえたのだから犯人は千五郎に間違いないと自信満々だ。殺された男の腕には「おみえいのち」という刺青があり、その女こそ、千五郎が三年前に駆け落ちした料理屋「笹屋」の娘お三重だった。

ところが、捜査を進めるうちに、千五郎を庇うかのような関係者の証言が次々と現れる。さらに、事件の影には、謎多き女太夫「鳥追お巻」の存在が浮かび上がる。一体誰が嘘をついているのか?七之助は、子分の音吉と共に、複雑に絡んだ人間関係の糸を解きほぐし、事件の真相に迫る。

朗読動画

本文掲載

鳥追お巻

納言恭平

真珠屋のお由

 花川戸の御用聞七之助が、恋女房お雪の給仕で朝飯をすませたところへ、玄関の格子の開く音がして、

「ごめん下さいまし。親分さんは御在宅でございましょうか?」

 なにか取乱しているらしい女の声。

「はい」

 お雪が取次に出てみると、玄関には、眼を釣り上げびんの毛を乱した若い女が、息を切らしながら立っている。

「あの、どなたさまで——?」

「はい。私は、裏門代地の船宿、真珠屋の女中でお由と申す者でございますが、至急御相談の筋がございまして。親分さんにお眼にかかりたいのでございます」

「上ってもらいねぇ」

 玄関の声が聞えたとみえて、七之助が、奥の室からど鳴った。

「私は、裏門代地の……」

 七之助の前に、固苦しく膝を折ったお由が、もう一度玄関の名乗を繰り返しかけるのを、七之助は軽く制して、

「聞いたよ、聞いたよ。裏門代地の真珠屋のお由さん。で――なんですかい。あっしに用事というのは」

「はい。じつは、私の知合の人が、無実の罪で、八丁堀の旦那さまに引かれて行ったのでございます」

「落ちついて、くわしく話してみなせえ」

「はい。……その方は、向島の、梅屋敷の近所にお住いになっていらっしゃる、荒川千五郎さまとおっしゃる方でございます。昨夜は、宵のうちか私共にお見えになりまして、御酒をお過しになりましたものですから、そっと掻巻を掛けまして、そのままお泊め申したのでございます。……荒川さまは、御酒をお過しになりますと、朝は、大早くお眼覚めになる性質でございまして、今朝ほども、夜が明けると間もなく、湯殿番の清どんを起してかえって行かれました。……あら、御新造さん、どうかもう、おかまい下さいますな」

 お由は、番茶をすすめて黙って引下りかけたお雪に、礼を言って、

「すると、荒川さまがお帰りになりましたすぐ後で、清どんが、その室に落ちていた荒川さまの財布に気がついたのでございます。清どんはすぐ後を追いました。でも、清どんは、足が不自由なものですから、お屋敷に行き着くまで、とうとう追いつくことができませんでした。そしたら、どうした間違いでございましょう。清どんが、やっとそこへ行き着きました時には、もう、荒川さまは、八丁堀の旦那さまに叱られながら、お引立てられなされるところだったそうでございます」

「八丁堀の旦那は、荒川さんの屋敷に張り込んで、帰途(かえり)を待ち伏せていたんだろう」

「いいえ。清どんも、真先にそう思ったんだそうですが、事情をきくとそうではなかったんだそうでございます」

「はて?」

「人を殺して、殺した人間を庭の隅に埋けようとしてなさるところを、八丁堀の旦那さまに、お捕りになったんだそうでございます。……ねえ、親分さん、清どんが、小半刻も経ってから、荒川さまの後を追っかけたのでもあればともかく、ほんの一足ちがいだったんですもの。私には、いかになんでも、荒川さまにそんな早業がおできになろうとは思われません。それになんです。八丁堀の旦那さまが、丁度その時に、荒川さまの屋敷にお出向きになったというのもあんまり都合よくできているではございませんか。……私、これはなにか、きっとわけのあることに違いないと思いましたものですから、こうして、親分さんに御相談に上ったのでございます」

「そうか。よろしい。なんとか当ってみやしょう」

 七之助は、胸板をたたくような調子でお由の頼みを引き受けた。

 お由の顔にも、ほっとした安心の表情が浮んだ。そして、落ちついた手つきで番茶の茶碗を押しいただいた。

Q&Aコーナー

Q1: 「七之助捕物帳」シリーズの特徴は何ですか?

A1: 主人公・七之助の明快な推理はもちろん、彼を支える恋女房のお雪や子分の音吉など、人間味あふれる登場人物たちのやり取りが大きな魅力です。事件の謎解きだけでなく、江戸の人々の暮らしや人情が生き生きと描かれています。

Q2: 「鳥追お巻」というタイトルはどういう意味ですか?

A2: 「鳥追」とは、正月の門付け芸の一種で、美しい衣装を着た女太夫が三味線を弾きながら家々を回るものです。本作に登場する「お巻」は、元は博徒の妻でありながら、この鳥追となって巷で噂の的となっている美女で、物語の重要な鍵を握る人物です。

Q3: この物語の見どころはどこですか?

A3: 一人の男をめぐる複数の女性たちの証言が食い違い、誰が真実を語っているのか分からない、というサスペンスフルな展開が見どころです。また、七之助と子分・音吉のコミカルなコンビが、シリアスな事件の中にユーモアをもたらし、物語に緩急をつけています。

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