「紅梅月毛」主な登場人物
深谷 半之丞(ふかや はんのじょう)
本作の主人公。桑名藩の馬術の名手。無口で朴訥な性格だが、馬への深い愛情と武士としての誇りを持つ。
紅梅月毛(こうばいつきげ)
半之丞の愛馬。関ヶ原の戦いで生き別れるが、数年後に意外な形で再会する。
本多 忠勝(ほんだ ただかつ)
伊勢桑名城主。「徳川四天王」の一人として名高い武将。馬術にも造詣が深い。
お梶(おカジ)
深谷家の口取りの下僕・和助の妹。馬の世話を好み、半之丞の馬を丹精込めて飼育する。
阿市(おイチ)
老臣松下河内の娘。名馬「牡丹」の飼い役として深谷家に滞在する。
松野 権九郎(まつの ごんくろう)
桑名藩の家士。半之丞の同僚で、馬術に堪能。
徳川 家康(とくがわ いえやす)
江戸幕府を開いた天下人。伏見での馬競べを主催する。
徳川 秀忠(とくがわ ひでただ)
徳川家康の三男で、後の二代将軍。伏見での馬競べの際に真珠される。
「紅梅月毛」物語と朗読
あらすじ
慶長十年、伊勢桑名城主・本多忠勝の家中で、二代将軍秀忠への将軍宣下を祝う伏見での馬競べの出場者が選ばれることになった。馬術に堪能な深谷半之丞が選ばれるが、彼は無口で、自分の馬を選ばず、周囲の推薦にも耳を傾けない。そんな中、半之丞は一頭の老いた駄馬を買い取り、丹精込めて世話を始める。周囲の嘲笑や疑問の目をよそに、半之丞はその駄馬を連れて伏見へ向かう。馬競べ当日、半之丞が乗って現れたのは、誰もが予想しなかったその駄馬だった。名馬揃いの競べ馬の中で、みすぼらしい老馬に乗る半之丞は、果たしてどのような結果をもたらすのか。そして、その老馬に隠された驚くべき真実が明らかになる時、半之丞の馬への深い愛情と、武士としての誇りが輝きを放つ。
Q&Aコーナー
「紅梅月毛」は、深谷半之丞が関ヶ原の合戦で乗っていた愛馬です。その名の通り、紅をかけたような珍しい「月毛」の毛並を持つ名馬として描かれています。「月毛」とは、現在の鴇色(ときいろ)を少し濃くしたような色合いを指しますが、紅梅月毛はさらにそこに赤みがかった特徴的な色をしていました。戦場で生き別れた後、物語の終盤で半之丞と再会しますが、その時にはみすぼらしい駄馬の姿になっていました。しかし、半之丞はその姿になっても一目で愛馬だと見抜き、深い愛情を注ぎます。この馬は、単なる乗り物としてではなく、半之丞の武士としての誇りや、過去の功績を象徴する存在として描かれています。
伏見城で行われたこの「馬競べ」は、単に馬の速さや美しさを競うものではなく、当時の政治的な背景、特に徳川家康が秀忠に将軍職を譲るという重要な時期に行われたため、外様大名や大坂方に対する「示威」の意味合いが強く込められていました。そのため、競技内容は疾駆しながら槍や銃、弓を使うなど、実戦に即したものでした。
この競べ馬は、各藩の武威を示す場であり、また、乗り手の馬術の腕前が問われるものでした。半之丞が老馬に乗って出場し、技で一番を取ったことは、本多家の家風である「いかなる馬でも乗りこなす」という馬術の鍛錬の重要性を天下に示すこととなり、家康からも高く評価されました。これは、見かけや形式よりも、実質的な能力や精神が重んじられるべきだという、山本周五郎の思想が反映された場面と言えるでしょう。
深谷半之丞の「無口」な性格は、物語全体にわたって彼の人物像を際立たせ、複数の影響を与えています。
- 内面の深さの強調:言葉数が少ないことで、彼の行動や表情、そして馬との触れ合いを通して、その内面の深い感情や思慮がより強く伝わってきます。読者は彼の言葉にならない感情を想像し、共感することになります。
- 周囲との対比:周囲の家臣たちが盛んに馬の話をしたり、半之丞の行動をあれこれと推測したりする中で、彼の無口さは際立ちます。これにより、表面的な情報に惑わされず、物事の本質を見極める彼の姿勢が強調されます。
- 誤解と真実:彼の無口さゆえに、当初は周囲から「ひねくれ者」「馬鹿」などと誤解されることもありますが、物語が進むにつれて、その行動の真意が明らかになり、彼がどれほど深く物事を考え、愛情を抱いているかが示されます。特に、愛馬「紅梅月毛」との関係において、言葉を超えた絆が描かれています。
このように、半之丞の無口さは、彼の人物像を魅力的にするとともに、物語のテーマである「見かけによらない真実」を浮き彫りにする重要な要素となっています。