新撰組八犬伝の世界

新選組八犬伝の大石鍬次郎

第一輯にして、大石鍬次郎の登場です。

父親は、大石捨次郎。一橋家家臣。

事情(女性問題とも)により、生家を飛び出した大石は、日野の大工、鈴木亀吉という棟梁さんについていました。

そのとき、佐藤彦五郎の屋敷の普請に関わった縁で、天然理心流を学びはじめたそうです。今も残る日野宿本陣ですね。

大石鍬次郎が貼った天井も残っています。また、棟札には、鍬次郎の名前もあるそうです。よく残してくれたもんです。

佐藤彦五郎は、天然理心流門人で、屋敷に道場を構えていました。

元治元年九月、すでに新選組として活動していた近藤勇が江戸を訪れ、隊士を募ります。

二十七歳だった大石も、勇躍京へと出発します。このときの、募集メンバーには、伊東甲子太郞らもいました。

当初は、沖田総司の1番隊に所属し、慶応元年には、諸士調役兼監察となりました。

作中でも大石は、甲州鎮撫隊に参加したことになっていますが、このへんは史実の通りですね。

近藤勇が出頭したのちは、同士と別れ、妻子(妻たか、息子は雷太郎)と江戸に潜伏しています。新選組に加わるまでに、結婚しており、上洛の直前に奥さんは懐妊していたんですね。

ちなみに息子の雷太郎は、名を変えて、鼈甲職人を営んだそうです。大工だった父に似て、手先が器用だったんですね。

薩摩のみっていとなっていた新選組元隊士、三井丑之助に騙され、捕縛されます。1870十一月三日に斬首されました。享年三十三。この処刑は、伊東甲子太郞殺害によります。

大石とともに伊東を暗殺した横倉甚五郎という隊士も、同年獄死しています。

人斬りと異名をとった鍬次郎ですが、明治になってから、暗殺の嫌疑で、処刑されてしまうのですから、新選組の中でも、暗殺を家業としていたのは、公然の秘密だったのでしょう。伊東甲子太郞のみならず、坂本龍馬の暗殺でも拷問を受け、一度は自白までしています。

人斬りと呼ばれた人たちは、みな非業の死を遂げていますが、因果応報というものか。

ともあれ、大石は、新選組八犬伝では、悪役として活躍?することになります。

こうご期待です!

日野宿本陣ホームページは、こちらです!

なぜ日野宿本陣は、残ったのか?百四十年間に一体何があったのか、面白い記事が乗ってます。土方歳三が昼寝していた部屋なんて、一度は見てみたいものです。

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