ねじまげ世界の冒険 第三巻

    二

「達郎! 新治!」
 寛太は、憲兵本部を探し歩く。巨大な平屋だったが、火のまわりは予想を超えて早かった。まるで生き物のように寛太の後を追ってくるのだ。
 寛太は闇雲に歩いているわけではなかった。体は熱気に包まれているというのに、頭は冴え冴えとしていた。子どもの頃、幾度も感じたパワーが五体を駆け巡っている。二人が生きていることがわかるのだ。どの方角にいるのかも。寛太はまるで自分の家にいるかのように、迷いのない足取りで突き進んでいた。
 角を曲がったとき、座敷牢の向こうに二人がいた。
 咳き込んでいた達郎が、四角い顔を上げて、
「寛太!」
「達郎! 無事か!」
 寛太はゆっくりとそちらに歩いていく。熱と煙で、呼吸ができない。寛太は息を止めたまま、やっとの思いで鉄格子にとりついた。扉をひくが、案の定、鍵が掛かっている。憲兵たちは、二人をここに残したまま、焼き殺すつもりだったのだ。
「おまえら生きてたんだな」
 よく生きてた、と寛太は思った。煤(すす)にまみれて、二人の顔は、真っ黒だ。きつい取り調べだったようで、皮膚は裂け青あざをつくり、じつに痛々しい姿だ。顔を腫らしすぎて、人相まで変わっている。それでも、寛太は喜んでいた。生きていてくれたのだ。
「寛太、ここは燃えちまう」達郎が見た目よりも元気な様子でいった。「ここは、元の場所じゃない。ねじまげ世界だ。おれたちは……」
「黙れ!」怒りに任せて、格子を揺さぶる。
「無理だ。鍵がかかってるんだぞ」新治の声に、あきらめがまざった。「おまえだけでも逃げろ。佳代子や利菜を、助けてやれ」
 寛太は動きを止めると、呆然と彼を見つめる。「あいつらが戻ってきてるのか?」
「ああ」
 新治がうなずいた。その目が言っていた。見た訳じゃない。でも、あいつを感じるんだと。
 達郎が格子越しに怒鳴った。
「寛太、おれたちはもういい。お前だけでも逃げろ!」
「いいなんてことがあるか! お前らは助かるんだ! いいか、おれたちの味方してる奴らだって……」煙を吸いこみ、咳きこんだ。「お前らは銃殺されるはずだったんだぞ! あの新聞がなけりゃ、ここにいるなんて思わなかった。おれは……」
「だが、どうするんだ!」と達郎。「この扉は開かない! お前まで死んでしまうぞ!」
「ここで待ってろ! 格子の側にめいいっぱい近づいてろ!」
 寛太は床にはいつくばると、煙の下にある正常な空気をできるかぎり吸いこんだ。息を止めると、玄関を目指して走り出す。視界は煙で見通しがきかない。寛太はなにかにぶつり、なにかにつまずいた。それは、死体だったかもしれない。けれど、二人を助けたいという一心だった。その気持ちだけで外に出た。車にたどりつくと、運転席にとびのる。演習場には焼けこげた死体と逃げ遅れた兵士たちがいた。寛太が車を動かすと、目が覚めたように追ってきた。
 どこに行けばいいかはわかっていた。二人のいる場所がわかるからだ。
 建物の左手に行くと、そちらは火災がもっともひどい。ガラス越しにゆらめく炎はまるで彼を手招くようでもある。寛太はおじけづいたが、けれど、このやけこげた壁の向こうに、二人がいるのだ。
 寛太は勇気をしぼるベルトをしめた。
「木造だ、コンクリートじゃない! ぶちぬけるぞ!」
 寛太は両手で頬を叩く。ほとんどシートの上で腰を浮かし、まるで駆け出すようなかっこうで、アクセルを踏みこんだ。
 壁が迫り、ぐんぐん迫り、ガラスにふれんばかりになる。頭は逃げるもんかと意地をはったが、本能が体を引いて、足がペダルから離れてしまった。
 車が壁に激突した瞬間、寛太はシートとエアバックに叩きつけられた。鼻血が吹き出し、前歯が折れた。呻きながら目を開けると、フロントガラスが砕けていた。その破片でエアバックもやぶれてブスブスとしぼんでいく。そのエアバックの向こうで、折れた外壁がハンドルに突き刺さっているのである。あのまま、アクセルを踏みこんでいたら、串刺しとなったにちがいなかった。
「お、おおい……」と寛太は言った。その弱々しい声には、我ながら驚いた。「おおい、新治……」
 そのとき、煙の向こうで手を振る人影が見えた。寛太はパジェロが穴をふさいで、二人が出て来られないことに気がついた。シートに座り直すと、ギヤをバックにいれた。

    三

 パジェロは外壁にくいこんで、なかなか抜けなかった。動いた、と思うと、穴の向こうでは達郎と新治が車のフロントを押している。
 寛太は割れた窓から身をのりだす。痛む肋をこらえて怒鳴った。
「早く乗れ、憲兵がくるぞ!」
 焼夷弾が、まだ降っていた(本当は、なめ太郎が、屋根の上から焼夷弾を投げていたのだけれど、寛太も憲兵たちも、気づかなかった)。
 憲兵たちの銃撃が始まる。鉄の車体に、弾丸の当たる音がする。
 達郎がフロントガラスを乗り越えて助手席に乗り込み、新治も後部座席に座った。
 裏手に回ろうとパジェロをまわすと、憲兵たちが横隊(おうたい)を築いて射撃をくわえてくる。達郎が、しゃがめしゃがめと叫んでいる。割れたガラスをはじいて弾丸が飛びこんできた。寛太はハンドルに突っ伏しながら、アクセルを踏んだ。
「本物の空襲なのか」と新治が怒鳴った。「どうなってんだ」
「事情が知りたきゃ、新聞を読め!」
 口元を拭うと、腕に鮮血がべっとりとついた。
 本部の脇を通り、裏口を出る。サンルーフのガラスに、焼夷弾が、ガン、ガン、と落ちた。
 達郎が、塀の向こうの町並みを見ていった。
「火の海だぞ! こいつら、第三帝国ってのと、戦争してるんだ!」
「ああ、知ってるよ!」
「おれが、徴兵されたんだぞ! 新治と一緒にリンチにされた!」
「それも知ってるよ!」と寛太は言う。車道に出ると道は舗装もされていない。「そんなことより、今日はいったいいつなんだ!」
「八月十五日だ!」
「十五日? だけど、おまえのけつの下にある新聞は、八月十七日になってたぞ」
 達郎はあわてて新聞を取り出す。「本当だ、日付は十七日だ」
「そいつには、おまえらが銃殺になったって記事が載ってた。今はなんて書いてある」
 しばらく、沈黙が続いた。達郎は揺れる車内で苦労して読んだ。空襲で破壊された家屋が、車道に破片を散らしている。車輪が暴れ馬のように跳ね飛ぶたびに、寛太はあばらを刺すような痛みに顔をしかめる。
「そんな記事どこにも……。待てよ、待て待て。……両神山で女性の惨殺死体? こいつは……」
 運転に集中していた寛太も、思わず道から目をそらした。新治が後部座席から身を乗り出してくる。
「いったい誰のだ?」新治が訊いた。
「こんなときに、あの山に近づく女の二人づれなんて、あいつらしかいないだろ」
 達郎が答える。
 寛太はスピードをゆるめてハンドルを切った。「町内を出よう……」
 道のまわりには、逃げ遅れた人たちが悲鳴を上げてパジェロを指さしている。
「助けないのか」新治が訊いた。
 寛太が答える。「冷静になれ。これは本物の世界じゃない」
「だけど、これだって現実なんだぞ」
「おれたちの知ってる日本は、帝国と戦争したりしてないだろ!」
 寛太の叫び声と同時に、左前方の家屋に爆弾がおちた。瓦礫(がれき)と死体が、ボンネットに降り注ぐ。
 寛太は浴び血に濡れて、怖気(おぞけ)をふるった。「なんてこった……」
 ボンネットには、引き千切られた子どもの腕が乗っている。
「見ろよ、くそったれ!」新治が叫んだ。「これは現実だ! あれを見ても、まだ幻覚だなんて言い張るつもりか!」
「誰も、そんなこといってないだろ! おれたちがすべきことは、そうじゃないんだ! おれたちは……」
 そのとき、サンルーフのガラスごしに空をみていた達郎が、「戦闘機だ……」とつぶやいた。「おい、上に戦闘機がはりついてるぞ!」
「こんな車で走ってりゃ、目立ちもすらあ!」
「機銃で撃たれるぞ! 逃げろ、寛太!」
 そのとき三人の頭にあったのは、寛太郎から何度も聞いた戦争話だ。その話は生々しく彼らの頭に残っていたから、機銃に腸を引き裂かれる自分たちの様が、まざまざと想像できた。
 新治の背筋に、悪寒が走る。彼はサンルーフから身を乗り出して、空をのぞいた。戦闘機は真後ろにいた。後方で土の地面にバツ、バツ、と穴が開く。機銃掃射だ。憲兵の豆でっぽうなど比ではない。あんなものくらったら人間など千々に裂かれておだぶつだ。
 戦闘機は、まっすぐに後を追ってくる。
「寛太あ! 来たぞ! かわせえ!」
「ふざけんな! 直線だぞ!」
 達郎が右手をさしていった。「あそこに飛び込め!」
 そちらには、ばかでかい邸宅がある。ちょうど門が開いている。
 寛太が目一杯ハンドルをまわすと、パジェロは門柱にぶつかりながらも庭園に入った。機銃弾が、新治の真後ろをかけぬける。重い機銃の連撃に、パジェロの車体が跳ねた。寛太の手の中で、車がコントロールをなくしていく。
 エンジンから、ギュルギュルという音がたち、回転がとまった。頑丈なこの車も、今の銃撃で、本当にだめになったのだ。
「二人とも無事か?」
 と達郎が訊いた。見上げると、ひび割れたガラスの向こうで、戦闘機が旋回している。ボンネットは焼夷弾の油で、ぬらぬらと光っていた。
 達郎は車の爆発を妄想してせきたてる。
「エンジンが燃えるぞ、降りろ!」
 ドアを開けた。寛太が後ろでうなった。「だめだ、足がはさかってる」
 達郎は内心うめきをあげながら、寛太の左足をひっぱりにかかった。新治が後部座席から手を伸ばす。寛太の足は、つぶれたフロントと、シートの間にはさまっている。ハンドルに圧迫されて、身動きができないのだ。
「抜けない。二人とも先に逃げろ」
 寛太がいうと、新治が耳元で怒鳴った。
「シートをずらせ、ばかやろう」
「そうか」
 寛太は足下に手を伸ばして、レバーを引いた。シートが下がると、圧迫が消え、左足がすぽりと抜けた。
 達郎が言った。
「二人とも出ろ!」
 三人が車外に転び出たのと、戦闘機の銃撃は同時だった。圧搾(あっさく)機で叩くような音がして、パジェロは数発の弾丸をくらって、完全にスクラップになった。
 寛太と新治が、地面にへたりこみ、ともに爆風をくらっていると、
「死んじまえよ!」
 と背後で声がした。二人がふりむくと、縁側で溺死女が叫んでいた。炎のついた部屋の奥では、なめ太郎が狂ったように踊り跳ねている。
 新治が、あいつらこの世界まで追ってきたのか、とつぶやいたが、あの連中のことを、三人ともが覚えているのだからいたしかたない。
 寛太は座席によじのぼり、ひしゃげた車内に身をのりだす、シートの上に腹ばいになった。
「寛太、なにしてる。エンジンが燃えちまうぞ」
 と達郎が言った。
 寛太が見ると、車の塗装がメラメラと炎を放っている。
「新聞だ、新聞がいるんだ!」
 新治が寛太の服を引っ張るのと、寛太が新聞をつかむのは同時だった。二人は、芝生の上に転がった。達郎が怒鳴った。
「なにしてる! まだ、上で旋回してるぞ! こっちにこい!」
 寛太がびっこをひいて達郎の元に走り出したとき、全壊したパジェロが、メラメラと炎を吹き上げだした。
 三人は土塀(どべい)の際に隠れながら、じりじりと庭園を移動する。達郎が奥にある土蔵(どぞう)をさした。
「あの蔵に入ってやりすごそう。何か体に巻くものを見つけろ」
「何を巻くんだよ」
「座布団か毛布だ。池の水にひたせば、ずいぶんましだろ? このままじゃ機銃の前に、火事で死んじまうぞ」
 本宅は焼け落ちる寸前だ。そのなかで、土蔵だけが無事だった。
 家人(かじん)が空襲警報を聞いて運び出していたのか、扉があいて、中の荷物が散乱している。土蔵に逃げこむと、さすがに熱気はましになった。寛太は、しばらくひっかきまわしていたが、入り口近くで束にしばられた古新聞を見つけた。
「おい、二人とも見てみろよ」
「ありがたい」と達郎は息をついた。「これでこの世界の状況がわかるぞ」
 寛太と新治は、無言で達郎を見返した。達郎が、なんだよ、と言った。この世界、という言葉は、妙にリアルだ。
 三人は、爆弾を懸念し、奥に行った。
 新治がライターに火をつける。みんなは古新聞の束を前にだまりこんだ。
「なあ、妙な話だよな」と寛太は笑いかける。「こんな世界に来てさ、ここって、本多の親父の家だろ」
「そうらしいな」達郎が面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「利菜と紗英は、いつこっちに来たんだ?」
 と新治が訊いた。この事態が、二人が町にたどりついたことと関係しているのかと、考えている。
「今日が十五日だってのはまちがいないのか?」と寛太。
「まちがいない」達郎が無精髭を撫でて言った。「憲兵が召集令状を読むときに、そういったからな」
「おまえらは、元の記憶を覚えてるんだな」
「ああ」
「もちろんだ」
 と兄弟は言った。
 三人は、逆さ書きの新聞をむさぼり読んだ。寛太はつぶやいた。
「これが現実だってのか……」
 第三帝国に関する記述がほとんどだ。帝国の手にかかり、ほとんどの国家が征服されている。寛太は目をしばたたく。ホロコースト政策すすむ、の文字が、紙面におどる。記事が本当だとすると、帝国が進めているのは、人類滅亡計画といって他ならない。彼らは帝国人種をのぞいて、人類を抹殺することに決めていたからである。計画は着々とすすみ、帝国は地上にいる人間の、三分の一を消すことに成功している。ざっとみても、二十億からの人類が、百年に及ぶ帝国戦争で、消失したのである。
 絶滅危惧種は、今や人類そのものだった。
 戦争による貧困、疫病の蔓延(まんえん)が重なり、人口は五分の一まで激減している。
 帝国の侵略は、ヨーロッパにはじまった。日本がまだ無事だったのは、大陸の端に位置していたから、という理由にすぎない。
「この第三帝国ってのはなんなんだ? どこからわいてでた。ヒトラーのナチスみたいなもんか?」と達郎が訊いた。
「おれたちの世界じゃナチスは負けた」と新治。「こいつはもっと別のもんだよ。最悪だ。こいつらは、ユダヤ人だけじゃない、全人類をホロコーストにかけてる」
「サウロンだ。こんなことができるのはあいつしかいない。まちがいねえよ」
 寛太がいうと、達郎と新治が、新聞から顔をあげた。
「そうだ、サウロンだ……」
 達郎が呆然というと、新治もうなずいて言った。
「おれたち、いつのまにか記憶が戻ってる。元の世界の記憶が消えないのも、そのせいだよ。おれたちは普通の奴らとちがう。ガキのころにも、似たような体験をしてる」
 記憶をとりもどしてみると、過去を思い出すことは、驚くほどたやすかった。寛太は新聞を――元の世界の新聞を持ち上げる。
「おれたちはグループだった。おれたちが世界のねじまげをくいとめたんだ。今度も、そうするのを期待されてる」
「なにからだ」
 と新治が訊いた。寛太は答えることができなかった。誰も答えを知らなかったからだ。
「わるいものってのは、全人類の意志――なのかもしれない」達郎が顔を上げ、二人を交互に見た。「おれたちがグループであるように、全人類が全体からなる一(いち)なんだ。過去もふくめてな。その意志ってのは、たぶん……きっと一つに定まってない。この世から消えるか、存在しつづけるか……せめぎあってる」
 と達郎は言う。人類の意志、あるいは宇宙の意志なのかもしれない。サウロンが消そうとしたのは、この宇宙そのものだったからだ。
 寛太はうつむいた。今や、町どころではない、世界が彼らに牙をむいている。
 新治がその手から、新聞をとりあげる。
「だとしたら、利菜と紗英を助けないと」と彼は言った。「もう一度、世界のねじまげを食い止めるとしたらあいつらが必要だ」
 そうしたら、世界は元に戻るのか?
 疑問だった。今となっては、元の世界の方が夢のような気がしてくる。
 寛太は言った。「この疫病っていうのは、エボラウイルスみたいなもんかな」
「どうかな。おれたちの世界とはずいぶんちがう。戦争のせいで、病気の研究ができないみたいだ。帝国のやつらは、旧人類――って勝手に呼んでるみたいだが、その文明も残す気がないんだよ。みろよ(と新聞をたたく)。研究施設を破壊……農業も満足にできないだろうな。これはえらいこったぞ」
「だけど、おれたちは覚えてる」
 寛太の静かな宣言に、達郎はしばらく沈黙した。ややあってうなずいた。
「そうだ、おれたちは覚えてる。お前の言うとおり、ガキのころの記憶のせいだ」
「寛太……」
 新治が呼びかけると、その深刻な声色に、達郎も寛太も静かになった。
「なんだよ」
「佳代子の記事がある……」
 新治は寛太に新聞をさしだした。
 震える指でうけとる。
「うそだろう……」
 新聞は、神保町の主婦がナイフで刺され、重体であることを告げていた。おれのコメントだ、と寛太はつぶやいた。新治はよく見えるようにライターの火を近づける。
 三人は煤だらけの顔に、汗の玉をいくつも流した。
 メラメラという音が間近に聞こえる。蔵の外壁が燃え始めているのだ。
 呆然とする寛太の目の前で、文字が消え始めた。同時にその下から、インクがにじみでてくる。
「内容が変わる……」
 と達郎がつぶやく。三人は状況の好転を期待したが、新聞の記事は、神保町の主婦が絞殺(こうさつ)されたことを伝えていた。佳代子が死んだ……と寛太は言った。
「待てよ」と達郎がはげました。「これは未来の新聞だろう。佳代子はまだ死んでない。そうだろ?」
「あ、ああ」と寛太はうつろにうなずいた。「そうだ、まだあいつを感じる。おれにはわかるんだ」
「利菜も、紗英も、まだ生きてるはずだ」
 と新治。達郎が言った。
「この新聞がここにあるのは、偶然じゃない。おれたちを生かしたがってるやつ、味方するやつもきっといるんだ。でなきゃ、二十五年も前に、世界は終わってたはずだ。そうだろ?」
 寛太と新治は、自分たちがそんな大それたことをしたのか、自信がなかった。だけど、佳代子がまだ生きていて、あいつを助けなきゃいけないのは本当だ。そうしたいのだ。
「三人とも助けるぞ。弱気になるなよ。これは戦いなんだ」と達郎が寛太の、新治の肩を叩く。「これを体に巻け。頭にもだ。表の水をかぶりゃ、しばらくはしのげる」
 達郎はいつのまに見つけてきたのか、かび臭いざぶとんを、どさりとひっぱりだす。
 ビニールひもをみつけると、胴体に巻き付け手足にまき、頭にくくった。
 寛太は新聞の詳細を読んだ。「あいつは伸子の部屋に行ったんだ」
「あのマンションか?」と達郎。「ここからだと、ずいぶんあるぞ」
「急ごう。もう時間がない」
 三人は表の池にとびこんで、座布団に水を吸い込ませる。ずっしりと手足が重くなり、本物の鎧を着込んだような気分になる。
 彼らは崩れた土塀から、外の様子をのぞいた。往来には人の姿がなく、黒こげの死体ばかりが転がっている。
 三人は、左右からせまる炎に、息をのんだ。
 意を決すると、往来に出て行った。佳代子たちを。それにたぶん……
 世界を救うために。

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