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「朗読」右門捕物帖シリーズ 最終話  「第三十八番てがら やまがら美人影絵 」  佐々木味津三 著

 

 

右門捕物帖シリーズ

第三十八番てがら やまがら美人影絵

佐々木味津三 著

作品・作者紹介

著者:佐々木味津三(ささき みつぞう)

1896年(明治29年)- 1934年(昭和9年)。日本の小説家。「旗本退屈男」シリーズで時代小説家として一躍人気作家となりました。「右門捕物帖」シリーズも彼の代表作の一つで、映画やテレビドラマにもなり、多くのファンに愛されています。明朗快活な作風で知られ、大衆文学の世界で活躍しました。

右門捕物帖シリーズについて

江戸を舞台に、八丁堀の同心「むっつり右門」こと近藤右門が、子分の伝六と共に数々の難事件を解決していく捕物帖シリーズ。右門の卓越した推理力と、個性的な登場人物たちが織りなす軽妙なやり取りが魅力です。

本作「やまがら美人影絵」の見どころ・解説

本作は「右門捕物帖」シリーズの第三十八番手柄。一度は無罪放免となった女芸人お駒。しかし、その直後に右門が見抜いた彼女の尋常ならざる身のこなしから、事件は再び動き出します。そっくりな顔を持つ二人の男、そしてお駒が隠す過去の因縁。二転三転する事件の裏に隠された悲しい真実を、右門が鮮やかに暴き出します。無実を装う女の執念と、それを見破る右門の眼力の鋭さ、そして最後に示される右門の人情が光る一編です。

主な登場人物

  • むっつり右門: 主人公の同心。鋭い観察眼で事件の真相に迫る。
  • 伝六(でんろく): 右門の子分。おっちょこちょいだが、足で情報を集める。
  • お駒(おこま): やまがら使いの女芸人。鳶頭殺しの下手人として捕らえられるが、その正体は武家の娘。
  • 音蔵(おとぞう): 浅草の鳶頭。殺害された被害者。
  • 川西 万兵衛(かわにし まんべえ): 吟味役の与力。一度はお駒を無罪とする。
  • そっくりな男二人組: 御家人くずれと町人風の男。事件の鍵を握る謎の人物たち。

本作のあらすじ・動画掲載

あらすじ

浅草の鳶頭・音蔵殺しの下手人として捕らえられた、やまがら使いの女芸人お駒。六十日にも及ぶ厳しい吟味の末、証拠不十分で無罪放免となる。力なくお白州を去るお駒だったが、その背にむっつり右門が投げつけた小石を、彼女は武芸者さながらの身のこなしでひらりとかわした。

ただならぬ気配を感じ取った右門が改めて探索を始めると、殺された音蔵の家と、お駒の住まいの両方に、瓜二つの顔を持つ謎の男たちがそれぞれ出入りしていることが判明する。二人は同一人物なのか、それとも別人なのか。子分の伝六が駆け回るも、謎は深まるばかり。

そんな中、音蔵が殺されたのと同じ場所で、そっくりな男の一人が死体となって発見される。右門がお駒の家に踏み込むと、そこにはもう一人の男の死体が…。追い詰められたお駒が語り始めたのは、兄の仇を討つために生きてきた、壮絶な過去だった。

朗読動画

動画は準備中です。

本文掲載

やまがら美人影絵

佐々木味津三

 その第三十八番てがらです。

「ご記録係!」

「はッ。控えましてござります」

「ご陪席衆!」

「ただいま……」

「ご苦労でござる」

「ご苦労でござる」

「みなそろいました」

「のこらず着席いたしました」

「では、川西万兵衛、差し出がましゅうござるが吟味つかまつる。――音蔵殺し下手人やまがらお駒、ここへ引かっしゃい」

「はッ。心得ました。――浅草宗安寺門前、岩吉店やまがら使いお駒、お呼び出しでござるぞ。そうそうこれへ出ませい……」

 しいんと呼びたてた声がこだまのようにひびき渡って、満廷、水を打ったようでした。春もここばかりは春でない。――日ざしもまどろむ昼さがり、南町奉行所奥大白州では、今、与力、同心、総立ち合いの大吟味が開かれようとしているのです。

 罪は浅草三番組鳶頭の音蔵ごろし、下手人はいま呼びたてた同じ浅草奥山の小屋芸人やまがら使いのお駒でした。――という見込みと嫌疑のもとにお駒をあげたのはもうふた月もまえであるが、調べるにしたがって、下手人としてのその証拠固めがくずれだしてきたのです。どんなに責めても、知らぬ存ぜぬと言い張って自白しないのがその一つ、現場に落ちていた凶器証拠品のドスはまさしくやまがらお駒の持ち品であるが、殺されていた音蔵の傷口は、まるで似もつかぬうしろ袈裟の刀傷でした。それが不審の二つ、そのとき着ていたお駒の下着のすそに血がついていたが、しかしその血もお駒の言い張るところによると、銭湯のかえりにつまずいてすりむいた傷からの血だというのでした。事実、そのすりむいた傷のあとも、いまだにひざがしらに残っているのです。それが不審の三つ。――拷問、慈悲落とし、さまざまに手を替え品を替えて、この六十日間責めつづけてみたが、がんとして口を割らないばかりか、肝心の証拠固めにあいまい不審な狂いが出てきたために、与力同心残らずがかくのとおり立ち会って、最後のさばきをつけようというのでした。

「お待ちかねでござるぞ。やまがらお駒、何をしているのじゃ。早くこれへ出ませい!」

 せきたてた声に、運命を仕切ったお白州木戸が重くギイとあいて、乳懸縄のお駒が小者四人にきびしく守られながら、よろめきよろめき現われました。

 年はかっきり三十。六十日の牢住まいにあっては、奥山で鳴らした評判自慢のその容色もささえることができなかったとみえて、色香はしぼり取られたようにあせ衰え、顔はむくみ、血のいろは黒く青み、髪は赤くみだれてちぢれ、光るものはただ両眼ばかりでした。

「だいぶやつれたな。慈悲をかけてつかわすぞ。ひざをくずしてもよい。楽にいたせ」

 しかし、楽にすわろうにも、今はもうその気力さえないとみえて、精根もなくぐったりとうなだれたところへ、証拠の品のドスがひとふり、そのとき着ていたという長じゅばんが一枚、あとから塩づけになった音蔵のむくろが、長い棺に横たわって、しずしずと運ばれました。

 ものものしさ、ぎょうぎょうしさ、総立ち会い総吟味の顔は並んでいるが、六十日間責めつづけて自白しないものを、証拠の合わないものをいまさら責めてみたとて、自白するはずもなければ、ないものをまた罪に落としたくも落としようがないのです。吟味というのは名ばかり、調べというも形ばかり、けっきょくはただ、無罪放免という最後のさばき一つがあるばかりでした。したがって、川西万兵衛の吟味もまたほんの形ばかりでした。

「このうえ無益な手数はかけますまい。罪なきものを罪におとしいれたとあっては、大公儀お町方取り締まりの名がたちませぬ。しかしながら、念のためじゃ、諸公がたにもとくとお立ち会い願うて、いま一度傷口を改め申そう。その匕首これへ――」

 差し出したのといっしょに、左右から小者が塩づけの寝棺に近づいて、こじあげるようにしながら、長い青竹で、音蔵のむくろの背を返しました。

 しかし、傷口に変わりはない。どう調べ直してみても、刀傷は刀傷です。肩から背へかけて、あんぐりと走った傷の幅は一寸、長さはざっと一尺二寸、尺にも足らぬ匕首では、切ろうにも切りようのないみごとな袈裟がけの一刀切りでした。

「ご覧のとおりでござる。音蔵があやめられていた場所は、浅草北松山町の火の見やぐら下じゃ。時刻は宵五ツどき。お駒の住まい岩吉店はその火の見の奥でござる。場所は近し、血によごれた匕首はむくろのそばに捨ててござるし、品はまさしくお駒の品でござるゆえ、下手人をこの女と疑うに無理はござらぬが、しかしながら肝心の傷がご覧のとおりじゃ。りっぱな刀傷じゃ。この点疑うべき余地がない。ご意見いかがでござる」

「…………」

「ご異論ありませぬな。ござらねば、さきを急ぎましょう。――痴情なし、色恋なし、恨み、憎しみ、八方手をつくして詮議したところによると、これまでお駒と音蔵は他人も他人、顔を合わしたことはござっても、世間話一つかわしたこともない間がらということじゃ。知らぬ他人が、なんの恨みもない知らぬ男をあやめるなぞというためしはない。この点も、下手人として嫌疑のくずれる急所でござる。ご意見いかがじゃ」

「…………」

「ありませぬな。しからば、最後のこの血潮じゃ。とり押えたみぎり着用のじゅばんに、このとおり血の跡はござったが、駒の申すにはひざより発した血じゃということでござる。――駒! だいじな場合じゃ。恥ずかしがってはならぬぞ。じゅうぶんに脛をまくって、諸公がたに傷跡をご検分願わっしゃい。だれかてつだって、まくってつかわせ」

 やはり、ひざにはすりむいたというその傷あとが、いまだにうっすらと残っているのです。

「かくのとおりじゃ。残念ながら証拠固めがたたぬとすれば、無罪追放のほかはない。諸公がたのご判断はいかがでござる」

「…………」

「ご意見はいかがじゃ!」

「…………」

「どなたもご異論ござりませぬか!」

「…………」

「ありませぬな。――では、川西万兵衛、公儀のお名によってさばきつかまつる。やまがらお駒、ありがたく心得ろよ。長らくうきめに会わせてふびんであった。上の疑いは晴れたぞッ。立ちませい! 帰っても苦しゅうない、宿もとへさがりませい!」

 森厳、神のごとき声でした。いっせいにざわめきのあがった中を、さぞやうち喜んで飛んでもかえるだろうと思われたのに、しかし当のお駒は、力も張りも、精も根も、喜ぶその気力さえも尽き果てたものか、顔いろ一つ変えず、にこりともせずに、よろめきよろめき立ちあがると、いかにも力なげにがっくりとうなだれて、引く足も重そうに、とぼとぼと出ていきました。

 じっとそれを見ていたのが右門です。同役残らずがもう席を立ってしまったのに、ぽつねんとただひとり吟味席の片すみに居残って、あごをさすりさすり見送っていたが、なに思ったか、とつぜんつかつかとお白州へ飛び降りて、足もとの小じゃりを拾いとったかと思うと、

「えッ!」

 突き刺すような気合いの声といっしょに、お駒のうしろ影めざしてぱっと投げつけました。――せつな、身に武道の心得ある者でなければできるわざではない。血も熱も冷えきってしまった人のように、よろよろと歩いていたお駒が、一瞬にさっと身をかわして、きっとなりながらふりかえると、

「おいたはおよしなさいませ……」

 涼しい声で嫣然と笑いながら、またゆっくりとうなだれて、とぼとぼと表へ消えました。

「とんだ食わせものだ。またちっと忙しくなりやがったな。――おうい、あにい! 伝六」

「ここにあり」

「見たか」

「まさに拝見いたしましたね。いい形でしたよ。つかつかと飛び降りる、さっと石を拾う、えッ、パッと投げて、大みえきってぴたりと決まった型は、まずこのところ日本一、葉村家かむっつり屋といったところだ。うれしかったね。胸がすうとしましたよ」

「そんなことをきいているんじゃねえや。今のお駒のあざやかなところを見たかというんだよ。千両役者にしたって、ああみごとに舞台は変わらねえ。あの決まったところ、さっとつぶてをかわしたところ、きりっと体が締まったところ、おいたはおよしなさいませとおちついたところ、やっとう剣法、竹刀のけいこでたたきあげたにしても、まず切り紙以上、免許ちけえ腕まえだ。女に剣術使いはあるめえと思い込んでかかったのが目ちげえさ。あの体のこなしなら、袈裟がけ、一刀切り、男一匹ぐれえを仕止めるにぞうさはねえ。またひとてがらちょうだいするんだ。早くしたくしな」

「冗談じゃねえ。それなら、なぜさっき横車を押さなかったんですかよ。万兵衛のだんなが、ご意見はいかがじゃ、ご異論はござらぬか、と二度も三度もバカ念を押したんだ。あるならあるで、はい、先生、ございますと、活発に手をあげりゃよかったじゃねえですか」

「犬の顔にだって裏表があるんだ。物を考えつくときにだって、あともありゃさきもあるよ。初めっから気がついていりゃ、ほっちゃおかねえや。今ひょいと思いついたんで、急がしているんだ。とっとと駕籠を呼んできな」

「いいえ、だんな、お黙り! なるほど、犬の顔にも裏表があるかもしれねえがね、よしんばお駒が免許皆伝の剣術使いであったにしても、包丁はドス、そのドスが血によごれて、死骸のそばにころがっておったと、万兵衛のだんなが詳しくご披露なすったんだ。傷口が違うんです。刃物が違うんです。ドスの袈裟がけ匕首剣法の一刀切りなんてえものは、伝六へその緒を切ってこのかた耳にしたこともねえですよ。せっかくだが、あっしゃご異論のある口だ。文句があったら活発に手をあげてごらんなせえ」

「音止めにぱっとあげてやらあ。うるせえ野郎だ。刀で切って、目をくらますために、匕首を捨てておくという手もあるじゃねえか。おいたはおよしなさいませと、あっさりやられたあのせりふが気に入らねえ、にこりともしなかった顔が気に入らねえんだ、ついてきな」

 ひとにらみ、たった一つの小石のつぶてが、無罪放免、ほんの今かごから放たれたばかりのお駒の身辺に、突如として思い設けぬ疑惑の雲をまた新しく呼び起こしたのです。――風もゆたかな春深い日中の町を、右門の目を乗せた駕籠はぴたりと音の止まった伝六を従えて、ゆさゆさと、おうようにゆれながら、浅草宗安寺門前の北松山町を目ざして急ぎました。

Q&Aコーナー

Q1: 右門捕物帖シリーズの魅力は何ですか?

A1: 主人公「むっつり右門」の鮮やかな推理と、江戸の情緒あふれる描写、そして個性的な脇役たちが織りなす人間ドラマが魅力です。各話で描かれる事件の巧妙なトリックも見どころの一つです。

Q2: 佐々木味津三先生の他の代表作はありますか?

A2: 佐々木味津三先生のもう一つの代表作として、映画やドラマでも有名な「旗本退屈男」シリーズがあります。こちらも痛快な活劇で、多くのファンに支持されています。

Q3: 「やまがら美人影絵」というタイトルにはどのような意味が込められていますか?

A3: 「やまがら」は、物語の鍵を握る女芸人お駒が使う小鳥の名前です。「美人影絵」は、お駒自身の美貌と、彼女が隠し持つ武家の娘としての一面、そして事件の裏で糸を引く黒幕の存在など、幾重にも重なった「影」を暗示していると考えられます。

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