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美貌の女形、宿命の復讐劇『雪之丞変化』(三上於菟吉)を読む・聴く | 丸竹書房

 

 

 

物語のあらすじと解説

江戸の劇場・中村座。人気に陰りが見え始めたこの劇場は起死回生の一手として、上方で名を馳せる中村菊之丞一座を招聘します。一座の中でも、ひときわ注目を集めるのは、類まれなる美貌と卓越した芸を持つ女形・中村雪之丞。彼を主演に据えた芝居『逢治世滝夜叉譚(あいおさむるよたきやしゃものがたり)』は、平将門の娘・滝夜叉姫が父の仇を討とうとするも、討伐に来た公家・藤原治世と恋に落ちるという波乱万丈の物語です。

雪之丞の江戸到着は、大きな話題を呼びます。古くからの芝居好きの中には上方役者中心の興行に反発する声もありましたが、門閥にとらわれない実力主義の舞台を支持する声も多く、初日には中村座に多くの観客が詰めかけました。

しかし、雪之丞の胸中には、ただ舞台を成功させること以上の、ある烈しい思いが秘められていました。それは、彼の父を無実の罪に陥れ、非業の死に追いやった者たちへの復讐。その仇敵の一人、土部三斎(どべ さんさい)が観劇に訪れることを知り、雪之丞の心は激しく揺れ動きます。 それでも彼は覚悟を決め、妖艶な女賊・滝夜叉姫として舞台に立ち、その美貌と迫真の演技で江戸の観客を魅了し、嵐のような喝采を浴びるのです。

物語は、雪之丞の華やかな舞台姿の裏で、彼の周到な復讐計画が静かに、しかし確実に進行していく様を描き出します。仇敵たちが一堂に会する芝居小屋、そしてその後の宴席。雪之丞は、師である菊之丞の諭しを受けながらも、冷静に復讐の機会を窺います。 美貌の裏に隠された烈しい憎悪、そして彼に惹かれる土部三斎の娘・浪路(なみじ)との出会い。複雑に絡み合う人間関係の中で、雪之丞の復讐劇は、果たしてどのような結末を迎えるのでしょうか。

本作『雪之丞変化』は、大正から昭和初期にかけて活躍した大衆文学の巨匠・三上於菟吉の代表作の一つです。主人公・雪之丞の背負った過酷な運命、歌舞伎役者としての華やかな世界の裏側、そして手に汗握る剣戟シーンなどが巧みに織り交ぜられ、読者を飽きさせない魅力に満ちています。江戸の風俗や人情、武家社会の厳しさなども生き生きと描かれており、時代小説としても楽しむことができます。

丸竹書房のオーディオブックでは、このドラマチックな物語を、情感豊かな朗読でお届けします。雪之丞の心の葛藤、登場人物たちの息遣いを、ぜひ耳でお楽しみください。

主な登場人物

中村雪之丞(なかむら ゆきのじょう)

本作の主人公。類まれなる美貌と芸を持つ上方の若手女形。父を陥れた者たちへの復讐を胸に秘め、江戸へやってくる。

中村菊之丞(なかむら きくのじょう)

雪之丞の師であり、育ての親でもあるベテランの歌舞伎役者。雪之丞の才能を高く評価し、彼の復讐計画を陰ながら支える。

土部三斎(どべ さんさい)

元長崎奉行。雪之丞の父を陥れた黒幕の一人。隠居してからも強い影響力を持つ。

浪路(なみじ)

土部三斎の末娘。公方(将軍)の寵愛を受ける美貌の女性。雪之丞の舞台を見て、彼に強く惹かれていく。

長崎屋三郎兵衛(ながさきや さぶろべえ)

元は雪之丞の父・松浦屋清左衛門の手代だったが、主人を裏切り、現在は江戸で海産問屋を営む。雪之丞の仇敵の一人。

広海屋(ひろみや)

長崎の商人。三郎兵衛らと共謀し、松浦屋を破滅に追い込んだ張本人。雪之丞の仇敵の一人。

浜川平之進(はまかわ へいのしん)

元長崎代官。土部三斎らと共に松浦屋を陥れた。雪之丞の仇敵の一人。

横山五助(よこやま ごすけ)

元長崎の役人。土部三斎らと共に松浦屋を陥れた。雪之丞の仇敵の一人。

孤軒先生(こけんせんせい)

雪之丞がかつて文学を学んだ奇人の老人。易者として江戸の八幡宮に現れ、雪之丞に助言を与える。

脇田一松斎(わきた いっしょうさい)

雪之丞に独創天心流の剣術を教えた剣客。江戸で道場を開いている。

門倉平馬(かどくら へいま)

脇田一松斎の一の弟子。雪之丞にライバル心を燃やし、彼に敵対する。

闇太郎(やみたろう)

江戸で噂の義賊。雪之丞の危機を度々救い、不思議な縁で結ばれていく。

お初(おはつ)

元軽業師の女賊。雪之丞の秘密を知り、彼に執着する。

各部あらすじ・本文と動画(目次)

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作者について:三上於菟吉(みかみ おときち)

三上於菟吉の肖像(イメージ)

三上於菟吉(みかみ おときち 1891年2月4日 – 1944年2月7日)は、大正から昭和初期にかけて絶大な人気を博した日本の小説家です。 埼玉県出身で、本名は三上常磐(みかみ ときわ)。代々続く医師の家系に生まれましたが、自身は文学の道を志しました。

早稲田大学文学部英文科予科に入学し、宇野浩二、広津和郎、直木三十五といった、後に文壇で活躍する面々と親交を結びました。 若き日には同人誌『しれねえ』を創刊するも、掲載作品が風俗壊乱とされ発禁処分になるなど、波乱に満ちたスタートを切ります。 その後、実家での謹慎生活を経て、再び文学活動を再開。大正4年(1915年)に発表した「春光の下に」などで注目を集め、以降、「悪魔の恋」「日輪」「炎の空」「白鬼」「黒髪」といった作品を次々と発表し、人気大衆作家としての地位を確立しました。

三上於菟吉の作品は、巧みなストーリーテリングと、人間の愛憎や葛藤を深く掘り下げた描写が特徴で、大衆の心を掴みました。その人気と影響力から「日本のバルザック」と称されることもありました。 また、昭和10年(1935年)に直木賞が創設されると、その初代選考委員の一人を務めるなど、文壇においても重要な役割を担いました。

代表作である『雪之丞変化』は、朝日新聞に連載され(昭和9年、1934年~)、絶大な人気を博し、繰り返し映画化・舞台化されています。 この作品は、美貌の歌舞伎役者の復讐譚というドラマチックな設定の中に、人間の複雑な心理や社会の様相を織り込み、今日に至るまで多くの人々を魅了し続けています。

晩年は病気がちとなり創作活動は衰えましたが、日本の大衆文学の発展に大きく貢献した作家として、その名は文学史に深く刻まれています。

© 丸竹書房

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