七之助捕物帳
小指物語
作品と作者
作者:納言 恭平 (なごん きょうへい)
江戸の町を舞台に、粋でいなせな町人たちの活躍を描くことを得意とする作家。特に「捕物帳」のジャンルにおいて、軽快な筆致と巧みな筋立てで人気を博す。本作でも、花のお江戸の風俗を鮮やかに描き出しながら、読者を巧みに謎解きの世界へと誘う。
作品:『七之助捕物帳』について
花川戸の御用聞・七之助が、子分の音吉と共に江戸の難事件に挑む人情捕物帳シリーズ。本作『小指物語』は、浅草奥山の華やかな矢場を舞台に、一人の侍の謎の死から始まる物語。恋の鞘当て、過去の因縁、そして意外な犯人。江戸の光と影が交錯する中で、七之助の推理が冴えわたる。小指に秘められた謎が、事件を思わぬ方向へと導いていく。
あらすじ
浅草奥山の人気の矢場「青柳」。看板娘のお高に想いを寄せる侍・夏目幸之助が、いつものように腕前を披露していた。しかし、的を狙ったその瞬間、幸之助は血を吐いて突如絶命する。
知らせを受けた花川戸の御用聞・七之助は、子分の音吉と捜査を開始。幸之助には、お高の他に「松葉家」のお糸という恋人がおり、二人の女の間で揺れ動いていたことが判明する。痴情のもつれによる毒殺か? 容疑の目はまず、幸之助に捨てられようとしていたお糸に向けられる。
しかし、捜査を進めるうち、幸之助の意外な過去が浮かび上がる。彼の小指は、第二関節から先がなかったのだ。それは、かつて越後の柏崎で犯した悪事の痕跡だった。
恋、嫉妬、そして復讐。様々な人間の思惑が渦巻く中、七之助は事件の裏に隠されたもう一つの物語を突き止める。犯人は、誰もが予想しなかった意外な人物だった。
本 文
『小指物語』を読む
江戸の事件簿 Q&A
+ 「捕物帳(とりものちょう)」とは何ですか?
江戸時代を舞台にした探偵小説の一ジャンルです。町奉行所の役人(同心など)や、その手先となって働く「岡っ引(おかっぴき)」が主人公となり、様々な事件を解決していく物語を指します。岡っ引は公式な役人ではありませんでしたが、独自のネットワークと情報網を駆使して犯人を追い詰める、江戸の私立探偵のような存在でした。本作の七之助もその一人です。
+ 舞台となった「浅草奥山」はどんな場所でしたか?
浅草寺(せんそうじ)の本堂裏手に広がっていた、江戸随一の歓楽街です。見世物小屋、軽業、居合抜き、楊弓場(ようきゅうば、本作の矢場のこと)、飲食店などがひしめき合い、身分を問わず多くの人々で賑わいました。江戸の庶民文化が花開いた、エネルギーあふれる場所でした。
+ 「矢場(やば)」とはどんな店ですか?
楊弓(ようきゅう)と呼ばれる小さな弓で的を射る遊技場のことです。現代の射的のようなもので、景品がもらえることもありました。本作のように、お高やお糸のような美しい「矢場女(やばおんな)」を看板娘として置き、客を惹きつける店が多く、男たちの社交場、そして恋の駆け引きの舞台ともなっていました。「やばい」という言葉の語源の一つとする説もあります。
+ 小指を詰めることには、どんな意味があるのですか?
作中でも触れられているように、やくざの世界で失敗の責任を取ったり、忠誠心を示したりするために行われる「指詰め(ゆびつめ)」という風習が有名です。小指を詰めると刀を握る力が弱まることから、武士ややくざにとっては大きな意味を持ちました。しかし、本作ではそれが別の事件の重要な手がかりとなっており、物語の鍵を握っています。
+ 菓子売りは情報屋でもあったのですか?
はい、そのように描かれることが多いです。菓子売りは、様々な場所を歩き回り、多くの人々と接するため、自然と情報が集まりやすい立場にありました。本作のお鹿婆さんのように、彼女たちは単なる物売りではなく、噂を広めたり、情報を売買したりする「情報屋」としての一面も持っていました。捕物帳において、彼らから得られる情報は事件解決の重要な糸口となることがよくあります。