チャールズ・ディケンズとアーサー・コナン・ドイルという、19世紀イギリスを代表する二大巨頭を比較します。
物語の登場人物がどんな時代を生きたのか。それを知ることは、最高の「羅針盤」になります。今回は、オリバー・ツイストが生きた激動の時代を年表で俯瞰し、さらに驚くべき文学の繋がり―チャールズ・ディケンズから、かの有名なシャーロック・ホームズへの影響―に迫ってみましょう。
時代の羅針盤:オリバー・ツイストを取り巻く年表
いくつかの重要な出来事を時系列に並べるだけで、歴史の大きなうねりが見えてきます。
- 🌱1760年頃 【産業革命の開始】
イギリスで技術革新が起こり、社会が「農業中心」から「工業中心」へと劇的に変化し始めます。 - 🌱1770年 【オーストラリア「発見」】
ジェームズ・クックがオーストラリア大陸東岸に到達。この出来事が、後の流刑地としての運命を決定づけます。 - 🌱1776年 【アメリカ独立宣言】
イギリスの重要な流刑先だったアメリカ大陸の植民地が独立。これにより、イギリスは新たな流刑地を探す必要に迫られます。 - 🌱1788年 【オーストラリアへの流刑開始】
イギリスから最初の流刑船団がオーストラリアに到着。新たな「罪人の流刑地」の歴史が始まります。 - 🌱1812年 【チャールズ・ディケンズ誕生】
- 🌱1830年頃 【オリバー・ツイストの物語上の年代】
新救貧法(1834年)の制定を背景に、物語は進んでいきます。オリバーが生まれたのもこの頃です。 - 🌱1837年 【ヴィクトリア女王 即位】
弱冠18歳で即位。「ヴィクトリア朝」の始まりです。『オリバー・ツイスト』の連載もこの年に始まります。 - 🌱1859年 【アーサー・コナン・ドイル誕生】
- 🌱1870年 【チャールズ・ディケンズ死去】
この年表から分かるのは、ディケンズが亡くなった時、コナン・ドイルはまだ11歳の少年だったということです。二人が直接会うことはありませんでしたが、文学の世界では、偉大な先人の影響は深く受け継がれていくのです。
ディケンズが蒔いた種、ホームズが開花させた花
一見すると、社会の不正を告発するディケンズの作品と、明晰な頭脳で事件を解決するコナン・ドイルのミステリーは、全く異なるジャンルのように思えます。しかし、コナン・ドイルは紛れもなくディケンズから多大な影響を受けていました。
探偵の「原型」を生んだディケンズ:
実は、イギリス文学における「職業的な探偵」の姿を印象的に描いたのは、ディケンズが先でした。彼の後期の傑作『荒涼館』に登場するバケット警部は、鋭い観察眼と粘り強い捜査で謎を解き明かし、シャーロック・ホームズの偉大な先駆けとされています。ディケンズは、犯罪が渦巻く大都市ロンドンを舞台に、初めて「謎解き」の面白さを物語に取り入れた作家の一人だったのです。
二人が愛した「霧のロンドン」:
ディケンズもコナン・ドイルも、自らの物語の最も重要な舞台として「ロンドン」を選びました。ディケンズが描くのは、貧困と犯罪が渦巻く、泥と煤にまみれたエネルギーに満ちたロンドン。一方、コナン・ドイルが描くのは、ガス灯の光が霧ににじむ、謎と陰謀が潜む魅惑的なロンドンです。
描き方は違えど、ロンドンの街並みをまるで一人の登場人物かのように生き生きと描き出した手法は、二人の作品に共通する大きな魅力です。コナン・ドイルは、ディケンズが描き出したロンドンの地図の上に、新たなミステリーの物語を築き上げたと言えるでしょう。
社会を見つめる眼差し:
ディケンズは、社会の不正義や矛盾を告発するためにペンを取りました。ホームズの物語はエンターテインメント性が高いですが、その根底には、ヴィクトリア朝の偽善や上流階級の退廃、そして都市に生きる人々の孤独といった、ディケンズと同様の社会を見つめる冷静な眼差しが存在します。
ディケンズが描いた現実社会の複雑な「謎」。コナン・ドイルはそのバトンを受け取り、「謎解き」という最高のエンターテインメントに昇華させたのかもしれません。
『オリバー・ツイスト』と『シャーロック・ホームズ』。この二つの作品を続けて読むことは、19世紀イギリスという時代が、いかにして豊かな物語を生み出していったのかを発見する、刺激的な旅となるはずです。