【オリバー・ツイスト深掘りコラム 第2回】

オリバーの値段と消えた通貨「シリング」の謎

前回、オリバー・ツイストがたった5ポンドで煙突掃除人に「売られ」そうになった話をしました。当時の労働者の収入を考えると、5ポンドは決して少なくない金額です。

すると、「一介の煙突掃除人がそんな大金を払えたのか?」そして「子供を酷使してそれほど儲けていたのか?」という新たな疑問が湧いてきます。

今回は、このお金の謎と、物語に登場する「シリング」という私たちには馴染みのない通貨単位について、さらに深く掘り下げていきましょう。

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驚きの真相!5ポンドは「支払う」のではなく「支払われる」お金だった

まず、物語の核心に触れる驚きの事実からお話しします。煙突掃除人のガンフィールド氏が、オリバーを引き取るために5ポンドを「支払う」のではありませんでした

実はその逆で、救貧院側が「厄介者」であるオリバーを引き取ってもらうために、ガンフィールド氏に持参金として5ポンドを「支払う」 というのが、この取引の真相だったのです。

当時の徒弟制度では、親方が弟子を取る際、その子の親や後見人が「徒弟契約金」としてお金を支払うのが一般的でした。しかし、オリバーのような身寄りのない孤児の場合、彼を養う義務のある教区(救貧院を運営する行政単位)が、いわば「厄介払いのための手切れ金」として、引き取り先の親方にお金を支払うことがあったのです。

つまり、救貧院の理事会は、オリバーの食費や世話にかかる将来のコストを考えれば、たった5ポンドを支払ってでも彼を追い出した方が安上がりだと判断した、ということです。

この事実を知ると、オリバーの境遇がいかに絶望的で、彼がいかに無価値な存在として扱われていたかが、より一層胸に迫ってきます。

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子供は「儲けの道具」― 煙突掃除少年の悲劇

では、「子供達をつかってもうけていたのか?」という疑問ですが、その答えは——

「はい、その通りです」

19世紀の建物、特に裕福な家の煙突は、レンガ造りで内部が非常に狭く、曲がりくねっていました。大人は到底入ることができず、煤(すす)を掃除するためには、体の小さな子供を煙突の中に潜り込ませる必要があったのです。

親方たちは、孤児院から安く子供たちを引き取ったり、貧しい親から買い取ったりして、彼らを文字通り「道具」として酷使しました。子供たちは火傷や窒息、落下事故の危険に常に晒され、煤を吸い込み続けることで「煙突掃除人癌」と呼ばれる皮膚がんに若くして命を落とすことも少なくありませんでした。

ディケンズが『オリバー・ツイスト』でこの問題を取り上げたことは、世論を大きく動かし、後年、児童労働を規制する法律の制定へと繋がっていきました。

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消えた通貨「シリング」とは?

物語を読んでいると、「ポンド」以外に「シリング」や「ペンス」といった通貨単位が出てきます。これは、かつてイギリスで使われていた伝統的な通貨制度です。

現代の私たちが慣れているのは10進法(100円は1円玉100枚)ですが、1971年までのイギリスの通貨は非常に複雑でした。

1ポンド = 20シリング

1シリング = 12ペンス

つまり、1ポンドは240ペンスだったのです。
(記号ではポンドを「£」、シリングを「s」、ペンスを「d」と表記しました。)

この「シリング」という通貨単位は、1971年の通貨制度改革(十進法への移行)によって廃止され、現在では使われていません。今のイギリスの通貨は、シンプルに「1ポンド = 100ペンス」となっています。