朗読連載『オリバー・ツイスト』第一部をお聴きいただきありがとうございます。
名もなき孤児として生まれ、過酷な救貧院を逃げ出したオリバー。彼がたどり着いたロンドンの街は、一体どのような場所だったのでしょうか。物語をより深く味わうために、オリバーが生きた19世紀前半のイギリス社会を覗いてみましょう。
光と影が渦巻く巨大都市ロンドン
19世紀のロンドンは、産業革命によって世界初の人口100万を超える大都市となり、「世界の工場」として空前の繁栄を謳歌していました。しかしその輝かしい光の裏には、深く濃い影が広がっていました。地方から仕事を求めて人々が殺到した結果、街は過密状態に陥り、衛生設備も整わないスラム街では、貧困と犯罪、そしてコレラなどの伝染病が常に人々の命を脅かしていたのです。
オリバーが足を踏み入れたロンドンは、まさにこのような光と影が混沌と渦巻く場所でした。
オリバーを苦しめた「救貧院」とは?
物語の序盤でオリバーの運命を決定づけるのが、「救貧院(ワークハウス)」という施設です。これは、1834年にイギリスで制定された「新救貧法」に基づき、国中に設置されたものでした。
表向きの目的は、自活できない貧困者を保護・救済すること。しかし、その根本には「貧困は本人の怠惰や道徳的な欠陥が原因である」という、ヴィクトリア朝の厳しい自己責任論がありました。
納税者の負担を減らしたい政府は、救貧院での生活を意図的にみじめなものに設定します。これは「劣等処遇の原則」と呼ばれ、「院内の生活水準は、院外で最も貧しい独立労働者の生活水準よりも下でなければならない」という非人道的なルールでした。
そのため、救貧院では家族はバラバラに引き離され、厳しい規律のもとでロープの繊維をほぐす作業などの単調な強制労働に従事させられました。そして何より人々を苦しめたのが、慢性的な飢えでした。
物語の中でオリバーが懇願した、あの有名な一杯のお粥の「おかわり」。これは、この非人間的な制度の核心に対する、子どもの純粋で、しかし最も力強い抵抗の言葉だったのです。